まさかの発覚経緯——台湾のDRAMメーカーNanya Technology(南亜科技)で、上級エンジニアがスナック菓子の袋に360度アクションカメラ「Insta360 X4 Air」を隠し、制限区域に持ち込んでDRAM製造プロセスに関する32ファイルを撮影した疑いで起訴されたと報じられています。以下は現時点での報道ベースの情報で、決め手となったのはカメラのBluetoothとWi-Fi電波の切り忘れという「初歩的なミス」だったといいます。
起訴の概要——DRAM関連32ファイルをカメラで撮影か
Tom's HardwareがFreedom Timesを引用して伝えたところによると、Nanyaの先端プロセス開発部門(Advanced Process Development Division)に所属する上級エンジニアYeh Yen-wei(葉彦瑋)氏が、同社のDRAM製造プロセスに関する32ファイルの情報を不正に複製した疑いで、新北地方検察署(New Taipei District Prosecutors Office)に起訴されたとされています。
葉氏は2022年にNanyaへ入社し、2025年から中国のリクルート企業と接触を開始。より高い報酬と引き換えに、次の勤務先となる中国企業へNanyaの営業秘密を渡す計画だった可能性があるとの報道です。2026年2月中旬に辞表を提出し、同年4月中旬に正式に退職しています。
手口——スナック菓子に隠した「Insta360 X4 Air」
葉氏は退職前の週末や深夜・早朝の時間帯を狙い、2026年3月28日、4月4日、4月5日の3回にわたり制限区域に立ち入ったとされます。持ち込んだのは360度アクションカメラ「Insta360 X4 Air」で、スナック菓子の袋に紛れさせることでセキュリティチェックを通過したという報道です。
制限区域内では、正規のアカウント認証情報で社内の仮想マシン(VM)にアクセスし、複数の社内研究開発関連文書を開いた上で、カメラでNanyaのDRAMプロセス技術や生産手法に関わる情報の写真・動画を撮影したと報じられています。4月中旬に正式に退職した際、そのデータをそのまま保持していたとの指摘もあります。
発覚の経緯——Bluetooth/Wi-Fi電波が決め手
しかし行動は見過ごされませんでした。NanyaのITセキュリティチームが制限区域内で「異常な(abnormal)」無線信号を検知し、機器のBluetoothやWi-Fi信号を手がかりに端末を特定。社員のアクセス記録や活動ログと突き合わせて葉氏を割り出したと伝えられています。
隠しカメラ側の無線通信をオフにし忘れたことが、発覚の直接的な引き金になった格好です。Nanyaは疑わしい情報漏えいを台湾当局に通報し、これが起訴につながったとされています。
最大10年の懲役、ただし送信証拠はなし
新北地方検察署は葉氏を台湾営業秘密法(Trade Secrets Act)違反(中国での使用を目的とした営業秘密の無断複製)および刑法上の背任の疑いで起訴。営業秘密法違反については最大10年の懲役刑が科され得るとの報道です。
一方、押収機器のフォレンジック解析からは、葉氏がNanyaの機密情報を中国企業や社外の第三者へ実際に送信した証拠は確認されていないと報じられています。このためTom's Hardwareは、量刑が比較的軽く済む可能性があるとの見方を示しています。
業界へのインパクト——DRAMサプライチェーンと社内対策
本件は、DRAMを巡る技術移転リスクが改めて浮き彫りになった事案です。Tom's Hardwareは関連トピックとして、TSMC元マネージャーによる中国向けチップ機密の窃取容疑での起訴事例など、台湾から中国への半導体人材・技術流出に関する複数の事案を並列で取り上げています。
テック業界のセキュリティ担当者にとって注目すべきは、(1)正規アカウントで仮想マシンにアクセスされた場合、ログイン自体は「正常」に見えてしまうこと、(2)今回は物理持ち込み検査ではなく、無線電波の異常検知+アクセスログ突合という多層防御が有効だったこと、の2点です。制限区域におけるRF監視や、退職予定者・週末深夜アクセスに対する行動分析の重要性を再確認する材料と言えます。
なお、本件は捜査・司法手続き中の案件であり、報道内容は非公式情報源を含む「allegedly(〜とされる)」ベースの記述が中心です。最終的な事実認定や量刑は今後の裁判次第で変わり得る点に注意が必要です。
2026年に相次ぐ台湾半導体の技術流出事件
台湾では2026年に入り、半導体大手からの機密流出事件が相次いで摘発されています。関連する主な動きを整理すると次のとおりです。
- 2026年4月27日: 新竹地裁が2022年制定の国家核心技術法下で初の有罪判決を下し、TSMC元エンジニアChen Li-ming氏に懲役10年を言い渡しています。TSMCの2nmプロセス仕様を装置ベンダーへ移転し、営業活動に利用させたとされる案件です。
- 2026年7月: 台湾検察がTSMC元副課長Chen氏を国家安全法および営業秘密法違反で起訴し、懲役7年を求刑しています。中国への核心技術移転を狙った初のケースとされています。
- Chen氏は「Blue Ocean Project」と名付けた人材リクルート計画を立案し、21件のTSMC機密文書を無断コピーしていた疑いが持たれています。香港籍人物と共謀し、中国国内に半導体材料分析会社「CSMAC」を設立していたと報じられています。
Nanya事件はこうした一連の摘発強化の流れの中に位置づけられます。
Insta360 X4 Airを手掛けるInsta360側の係争状況
事件に使用された「Insta360 X4 Air」の開発元Insta360自身も、2026年時点で大きな法的係争を抱えています。競合DJIとの間で特許紛争が国境を越えて拡大しているのです。
DJIは2026年6月、米国でInsta360を追加提訴し、これに対しInsta360は5件の特許違反を主張して反訴しています(PetaPixel報)。
中国国内でもDJIがInsta360を特許侵害で提訴しており、ドローンおよびアクションカメラ市場での競合が激化している状況が背景にあると報じられています。360度カメラとドローンの機能が接近し、両社の製品領域が重なりつつあることも紛争拡大の一因です。今回のNanya事件で図らずも「Insta360 X4 Air」の小型性と無線機能が注目された形ですが、製造元側は別軸で知財を巡る攻防に直面しています。
Q&A
Q. 実際にNanyaのDRAM技術は中国側に渡ったのですか? Tom's Hardwareによると、押収機器のフォレンジック解析では、機密情報が中国企業や社外の第三者に送信された証拠は確認されていないと報じられています。32ファイルの不正複製・持ち出しの疑いは指摘されていますが、実際の外部流出の裏付けは現時点で示されていません。
Q. なぜBluetoothやWi-Fiで見つかったのですか? NanyaのITセキュリティチームが制限区域内で異常な無線信号を検知し、その発信源となった機器をアクセス記録・活動ログと突き合わせて特定したためです。カメラ側のBluetooth/Wi-Fi通信をオフにしていなかったことが決定的な手がかりになったといいます。
Q. 葉氏にはどのような刑罰が科される可能性がありますか? 台湾営業秘密法違反(中国での使用を目的とした営業秘密の無断複製)と刑法上の背任で起訴されており、営業秘密法違反については最大10年の懲役刑が科され得るとされます。ただし情報の外部送信が確認されていないため、量刑が軽くなる可能性もTom's Hardwareにより指摘されています。
Q. 他社のセキュリティ担当者が本件から学べることは? 物理持込検査だけでなく、制限区域内のBluetooth/Wi-Fi電波監視、正規アカウントによる仮想マシンアクセスの異常検知、週末・深夜帯の入退室ログとの相関分析といった多層防御が有効です。特に退職予定者による短期集中アクセス(本件では3月28日・4月4日・4月5日の3回)は、行動ベースで検知するポリシー整備が鍵になります。
出典
- Tom's Hardware — Engineer used 360-degree cam hidden in bag of snacks in attempt to steal DRAM process tech for China — IT security team pinpointed perp due to camera's leaky wireless signals
- Tom's Hardware — Taiwan indicts ex-TSMC manager for allegedly stealing chip secrets for China
- PetaPixel — Insta360 Countersues DJI, Asserting Five Patent Violations
