日次およそ10兆ドル(約1,500兆円)——これがホルムズ海峡の海底インターネットケーブルを毎日流れる取引額の推定値とされています。原油タンカーの要衝として知られる同海峡を通る「もう一つの大動脈」にも、イランが目を付け始めました。IRGC(イスラム革命防衛隊)系列のイラン報道機関Tasnimが、海峡を通過する海底ケーブルへの課税・管理構想を提示したと、Tom's Hardwareが報じています。
課税・運営支配・保守独占——イランの3点セット
Tasnimの記事タイトルは「ホルムズ海峡のインターネットケーブルから収益を生む3つの実務的ステップ」です。Iran Internationalを引用するかたちでTom's Hardwareが伝えた内容によると、提案されているのは次の3点です。
- 初期ライセンス料・年次更新料の徴収:外国のケーブル所有者・運用者に対して課す
- イラン法下での運営要求:Meta、Amazon、Microsoftなどケーブルを利用するテック企業に適用
- 保守の独占:ケーブルの管理・保守をイラン企業の手に委ねる
Tom's Hardwareによれば、TasnimはIRGCの「公式スポークス役」と見なされているメディアであり、湾岸情勢では政府の軍事政策を代弁する立場にあります。そのため、今回の提案も単なる一記者の意見にはとどまらない可能性があるとTom's Hardwareは指摘しています。
日次推定10兆ドルが流れるパイプ——狙いは湾岸諸国か
ホルムズ海峡を通過するケーブル経由の取引額は、日次およそ10兆ドル(約1,500兆円)規模と推定されています。Tom's Hardwareによれば、Tasnimは先月の時点で同海峡を走るケーブルの位置をマッピングする報道も行っており、その際には、これらのケーブルがUAE、カタール、バーレーン、クウェート、サウジアラビアといった南岸の親欧米諸国にとって特に重要だと強調していました。
つまり、課税構想は単なる収益源確保にとどまらず、湾岸諸国とその背後にいる米国テック大手への地政学的レバレッジとして機能し得る、というのが報道の含意です。これまでホルムズ海峡の海底ケーブルは「イランの管轄」とは見なされてこなかった、という前提も記事は指摘しています。
Farsは「ケーブル切断」案にも言及——切り札としての海底インフラ
同じくIRGCとの関連が知られるFarsも、Iran Internationalを引くかたちでTom's Hardwareが伝えた内容によれば、類似の論考を掲載しています。Farsは海峡内のインターネットケーブルを物理的に妨害する案にも言及しているとされ、数日間の中断だけでも数千万〜数億ドル(tens or even hundreds of millions of dollars)規模の損害につながり得るとの試算が示されているようです。
仮にそうした事態が起きれば、影響を受けるのは米テック大手だけではありません。湾岸地域のローカル企業や、グローバルにビジネスを展開する企業も巻き込まれる公算が高いとTom's Hardwareは伝えています。
「威嚇」なのか、本気の政策転換なのか
Tom's Hardwareは記事末尾で、これら一連の論考が交渉カードとしての威嚇(saber-rattling)にとどまることを期待する旨を述べています。海底ケーブルへの脅威自体は完全に新しいアイデアというわけではないものの、IRGC系メディアが課税スキームや物理的妨害を具体的なステップとして提示し始めた点は、これまでとは温度感が異なります。
現時点ではイラン政府が公式にこの提案を採用したと確認されているわけではありません。Tom's Hardwareは、TasnimがIRGCの公式スポークス役と見なされている以上、今回の提案は「単なる一記者の意見」にとどまらないとの見方を示しています。
対象ケーブルは7本、根拠は「海底の主権」とエジプト方式
海峡を縦断する具体的なケーブルの規模と、イラン側が用意した制度的な「足場」が見えてきています。ホルムズ海峡の海底には、Asia-Africa-Europe 1(AAE-1)やFALCONネットワークを含む計7本の主要光ファイバーケーブルが走っており、欧州・アジア・湾岸諸国のデジタル経済を結んでいます。
制度面での裏付け
- Tasnimは国連海洋法条約(UNCLOS)に基づき海底に対する「主権」を有していると主張し、課税構想を正当化しています。
- イラン政府は海峡通過を承認し通行料を徴収する新機関「Persian Gulf Strait Authority(ペルシャ湾海峡庁)」を設立しており、海運データ大手Lloyd's List Intelligenceによれば同庁は海峡通過を許可する唯一の有効な当局として自らを位置づけています。
- パキスタンメディアPakistan Observerの報道では、このペルシャ湾海峡庁に海底ケーブルの監督・管理権限も付与されたとされています。
- 先例としてイランが引用しているのは、紅海と地中海を結ぶ海底ケーブルが陸上区間を通過する際にTelecom Egyptが関与し通過料を徴収するエジプト方式です。
補修船不足と「ホルムズ迂回」――グローバル側の対抗ムーブ
イランの構想が現実化した場合に効いてくるのは、海底ケーブル産業側の構造的脆弱性と、それを見越して動き始めた回避策です。世界には専用のケーブル補修船が60隻未満しか存在せず、需要が急増する中でこの数は停滞したままで、「補修ギャップ」が重大な戦略的脆弱性とみなされています。単一の大洋横断ケーブルシステムの敷設コストは3億〜10億ドルに達し、2024年2月の紅海ケーブル切断では1本の修理に5か月を要した事例もあります。
こうした脆弱性を踏まえ、グローバル側も動き始めています。
テック大手Metaとそのパートナーは、最も野心的な海底ケーブルシステムの一つ「2Africa Pearls」のペルシャ湾区間の工事を一時停止すると発表しました。
パイプライン・タンカー・商業海運に加え、いずれは海底ケーブル基盤そのものもイランの海峡から外す方向へ向かう見通しで、米国側では2026年に「Strategic Subsea Cables Act of 2026」が導入されています。
Q&A
Q. ホルムズ海峡の海底ケーブルにはどれくらいの取引が流れているのですか? 日次およそ10兆ドル(約1,500兆円)相当の取引が、これらの海底ケーブルを通過していると推定されています(Tom's Hardwareによる)。
Q. イラン政府は実際にこの課税案を採用するのですか? 今回の構想を提示したのはIRGC系メディアのTasnimとFarsです。Tom's Hardwareによれば、TasnimはIRGCの公式スポークス役と見なされているため、単なる一記者の意見にはとどまらない可能性があるとされていますが、政府が公式に政策として採用したと確認されたわけではありません。
Q. ケーブル切断による損害規模はどの程度と試算されていますか? Tom's Hardwareが伝えるFarsの試算によれば、数日間の中断だけでも数千万〜数億ドル(tens or even hundreds of millions of dollars)規模の損害につながり得るとされています。
Q. なぜ今このタイミングで海底ケーブル課税構想が出てきたのですか? Tom's Hardwareは、湾岸を巡る「やるかやらないか」の交渉が数週間にわたり見出しを占めてきた状況下で、これら一連の論考が交渉カード(saber-rattling)として機能している可能性に言及しています。Tasnimが先月時点で海峡内のケーブルをマッピングした報道を行っていた経緯もあり、課税案・物理的妨害案を具体的ステップとして提示し始めたタイミング自体が、交渉上のレバレッジを高める動きと読めます。
出典
- Tom's Hardware — IRGC-linked media outlines plan to tax and control undersea internet cables in the Hormuz Strait — Iran's mouthpiece calls for a cut of $10 trillion of transactions that pulse through the cables daily
- Business Today — $10 trillion chokepoint: Iran now targets undersea cable networks in Strait of Hormuz
- Fortune — Iran is setting up an agency to tax ships passing through Hormuz even as it negotiates a peace deal
